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一○年間の資産価格の下落で失われた富は、株と土地の部分だけで日本全体で一三○○兆円にのぼり、これは日本の二・五年分の国内総生産に匹敵する金額である。
これだけ大きな富が失われ、企業も個人も財務的に極度に疲弊してしまったにもかかわらず、日本経済が大恐慌に陥らずゼロ成長を維持してきたのは、前述の一四○兆円がギリギリのところで日本経済がデフレスパイラルに陥るのを防いできたからであった。
しかも、この一四○兆円というのは「事業規模」ベースで、実際に政府がお金を使った金額ではない。
事業規模ベースというのは、景気対策をせまられた政治家と大蔵省(現財務省)が、意味のあるものないものを足し合わせ、とにかく見栄えの良い大きな数字をつくった結果である。
そのなかで本当に有意義な対策がいくらあるかはエコノミストが言う「真水」の部分を見なければならない。
この真水は人によって少しずつ定義が違うが、その一例として使われる公共事業費に土地取得費(トータルの約二割と想定される)を差し引いた金額で見ると、この一○年間でその総額は四八・一兆円となる。
この間に実際に政府がこれらの景気対策に合わせて発行した国債の総額が四七・六兆円であるから、この五○兆円弱というのはだいたい適正だろう。
ということは実質わずか五○兆円の堤防が一三○○兆円という洪水(=デフレ圧力)を抑えたのである。
その意味では、過去一○年の日本の財政政策は有史以来最も成功した経済政策の一つと言えるのである。
もし財政出動がなかったら、一三○○兆円の逆風が吹くなかで、ゼロ成長などは夢のまた夢で、日本経済は今ごろマイナス四○%とか五○%というとんでもない状況になっていただろう。
有史以来、人類の歴史のなかで、GDP比で二・五年分の富を失った国が大恐慌に陥らなかったのは、今回の日本だけである。
その意味では、今回の日本がやろうとしていることは、本書の「まえがき」でも述べたように、人類の経済史のなかでも初めての試みであり、歴史的な大実験なのである。
これまでも一九三○年代のドイツやその直後のアメリカのように、財政出動によって大恐慌から脱却した事例はあり、それがケインジァン経済学として議論されてきたが、恐慌に陥る前に財政出動して恐慌自体を回避してきたのは、今回の日本が初めてであった。
また、景気対策はカンフル剤にすぎないと言っている人たちは、中長期的に何も残らないという意味でこの表現を使っているようだが、この間、財政で所得が維持された多くの企業は債務の圧縮に成功している。
まず、この点に関して忘れてはいけないのが、バランスシート不況は民間対民間の問題であるという点である。
ある人が健全な債権だと思っているのは、そのローンの借り手がきちんと返しているからである。
もし返済がストップすれば、この債権は不良債権になる。
つまり、ある人の負債は、別の人の資産なのである。
だから、このバランスシートの問題は、徳政令を出して借金を帳消しにすれば済むというものではない。
もし一方の債務を免除したら、もう一方は大きな不良債権を抱えることになるからである。
国がすべての債権を抱えているのであれば、「今年の年貢は免除する」と徳政令を出せばバランスシート不況は解決するが、民間対民間の貸し借りでは、徳政令を出しても問題は解決しない。
ということは、全国的にバランスシートの問題がある時は、全体の所得を維持しながら、みんなが少しずつ借金を返済するようにしていくしかないのである。
そのような視点でこれまでの政策を見ると、結局政府がやってきたことは国民全体の所得を政府支出で維持しているということであった。
穴を掘ってまたそれを埋めるような仕事でも、とにかくそれで前述の一○○円分の需給ギャップを埋めれば、一○○○円の所得に対し、一○○○円の支出(=所得)が発生し、人々の所得は維持される。
所得さえ維持されれば、人々はその所得を原資として借金返済をすることができる。
そして、借金返済が少しずつ進めば、バランスシートはきれいになっていき、それがきれいになった暁には人々は通常の前向きの発想に戻ることができる。
これが政策の最終目的であるはずである。
企業が倒産したり、人々が失業して所得が途切れたら、借金返済もできなくなる。
そうなると、彼らにお金を貸していた人は、突如として今まで優良債権だったものが不良債権となり、そこから問題は連鎖的に拡大していく危険性がある。
つまり、バランスシート不況下では、企業の過剰債務がどのくらい減少しているかが、景気対策が成功しているかどうかを見る最も重要な尺度なのである。
そのような観点から企業の有利子負債残高を見てみると、その総額はMにあるように一九九五年のピークから二○○○年までの五年間に一○二兆円も減少しているのである。
しかも、夕この一○一一兆円のなかには良い意味で借金を増やした企業の分も含まれているから、実際の過剰債務の減少量はこれより大きいことになる。
ということは、それだけ企業のバランスシートは改善しているわけで、この成果は景気対策後も残ることになる。
この同じ期間に発動された景気対策は真水で見て三一一・八兆円、国債発行額で見て三七・三兆円だが、この三○兆円強の対策が経済が大恐慌に陥るのを防いだだけでなく、企業が一○二兆円も債務を圧縮することを可能にしたのである(正確には、この間の景気対策に加え、本予算が一九九七年を除き大きく緊縮に向かわなかったことが、経済学で言うオートマチック・スタビラィザーとして景気の下支えをしてきたことも見落とせない)。
景気対策は決して一過性のカンフル剤ではなく、患者の回復に不可欠な治療薬そのものだったのである。
つまり、図らずもこれまでの日本が証明してきたことは、「不幸にしてバブルが発生し、崩壊しても、正しい財政政策の出動があれば、経済は大恐慌に陥ることなく、民間はバランスシートの修復に専念することができる」という事実であった。
資産価格の下落があまりにも大きかったので、まだ減らさなければならない債務はたくさん残っているが、昨今、アメリカを含む多くの国々がバランスシート不況に突入するなかで、この日本の実験が成功するかどうかは、まさに世界的関心事なのである。
では、この財政赤字はあとどのくらい続けなければいけないのだろうか。
Mをご覧いただきたい。
企業は今、有利子負債を一生懸命減らそうとしているが、このグラフは過去のトレンドから見て、我々は現在、どのあたりに位置しているかを見たものである。
過去のトレンドといっても、途中にバブルの時代が入っているので、その時期は外してある。
したがって、この図表は全上場企業の場合一九六九年から、全企業の場合一九七五年から、まだバブルの始まっていない八六年までのトレンドを延長して、それに対していま我々がどこに位置しているかを見たものである。
グラフを見ると、全上場企業ベースでも全企業ベースでも、一時の負債の拡大は完全に止まり、早く負債を元に戻そうという動きになってくれることが、一目でおわかりいただけるだろう。
実際に、全企業ベースでは完全に過去のトレンドには戻っているのである。
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